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生かされているということ

久々のブログアップです。

広島に来てから約3週間。そろそろ疲れたーー!と思いながらも、
なんとか毎日楽しんでやってます ヽ(´▽`)/
同期生もとってもフレンドリーな人ばかりで、とっても居心地がよいです。

久しぶりにブログアップしたのは、
どうしてもお知らせしたいことがあったから。

高校時代の同級生から、高校時代を一緒に過ごしたクラスメートの訃報の知らせを聞きました。

彼女が卵巣がんの闘病中に書き綴っていたというブログを
紹介していただきました。
http://ameblo.jp/rexico-toraco/

そして、そのブログは今月、
彼女が亡くなって一年が経ったのを機に 書籍として出版されたそうです。

『Singleがん患者の幸せ探しの旅 My Life Without Me, With You』(長崎出版・野澤玲子著)
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32125366


れいちゃんとは高校1年の時、クラスが一緒でした。

ツヤのある長い黒髪が印象的な綺麗な女性。
身長も高めで足もすらりと長く、イメージは森高千里似。
当時流行っていたミニスカートをさらりと着こなして、
美人で活発で性格もよくてかっこよくて。
でも、我が高校のトレードマークのジャージもしっかり着こなしていたし。
れいちゃん=緑のジャージ&前髪カーラーのイメージがあります。


高校を卒業してから、れいちゃんが大学卒業後に税理士として活躍されていたことや、
癌と戦っていたことも知らず、
そして、去年、お亡くなりになったことも知らず。
今日、友達から訃報の知らせを聞き、あまりにも突然のことでびっくりしました。


今回の訃報の連絡をくれた友達も最近「命」について考える機会が多かったと
言っていたのですが、私の周りでも同じようなことを考える機会が多々ありました。

実はつい最近、別の同窓生の最愛の家族が交通事故で亡くなったという知らせを知り、
先月は、大学時代の部活動でお世話になった恩師の
訃報の知らせを受けたばかりでした。

「生かされている」


目に見えない何かの力が自分を生かして下さっているって、
そんな風に思いました。

今から6、7年前、自分が今よりももっと無知でわがままだった頃。
尊敬する人生の大先輩と「生」について何度もマジメに議論したことがありました。


「お前は生かされているんだよ」と。

「『生かされている』って??『生きている』じゃなくて?」


そんな会話を何度も交わしました。

当時は、「生かされている」という言葉の意味がまったくピンと来ませんでした。 

自分は無宗教だし、スピリチュアルなこともほとんど気に留めないほうなのだけど、
6年前に祖父が旅立ち、今年5月に祖母が立ち、
そして、恩師の訃報と、30代の若い二人の旅立ちの知らせを受け、
「自分がこの世に『生かされている』んだ」ということを自然に感じるようになりました。

おととい15日は敬老の日でした。
例年であれば、祖母が好きなユリの花を宅配便で届けるはずでした。
いつもであれば、お花が届くと、きまってすぐに携帯にお礼の電話が
かかってくるはずでした。

でも、今年はその大好きな祖母がもういなくて、
お花をどこに送ればよいのかな、、って。

なので今年は、その祖母と祖父を見守る伯母に宛てて
ユリの花を送りました。
きっと新しい世界で見守っていてくれているのかなと思いながら。

マジメで、堅くて、重い話題かもしれないけど、
2008年は、自分が精神的に成長する貴重な機会を与えて頂いている
一年なのかもしれないです。


れいちゃんのご冥福を祈りつつ、
「生かされている」ということについて
真剣に考える機会を与えていただいたことに感謝しています。


まだまだ未熟だし、大人になりきっていないところもたくさんあるし、
これから先もまったく見えてこないけれど、
おこがましいけれど、れいちゃんの分もがんばりたいなと思いました。


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