四川大地震 ・ ジャーナリストの立ち位置
東京に戻ってきました。
ご心配おかけしました。
たくさんの方からの応援&励ましのメールありがとうございました。
完全復帰。明日からまた元気にがんばります!
というわけで、19日の朝日新聞夕刊記事へのコメント。
池上彰の新聞ななめ読み「中国・四川大地震 写真記者の立ち位置とは」。
今回の四川大地震直後の新聞写真を見て、気になることがあると問題提起。
「取材か、救助か」という永遠のテーマ。
これはジャーナリストとして仕事をする限り、誰もが通らざるを得ない問いだと聞いたことがある。
瓦礫に体の一部が埋まっている人を、一人が必死に引っ張り出そうとしている写真がある。
読者としては「このカメラマンは、こんな写真を撮っていないで、一緒に救出を手伝えばよいのに」。
池上氏によれば、決定的な写真であればあるほど、
「カメラマンも救助を手伝え!」と叫びたくなるような構図の写真を撮影することになる。そんなとき、取材者はどうすればよいのか。
以前、新聞社に勤めていた時、同様の問いについて職場の人と話したことがあった。
そして自分なりに考え出した答えは、
「プロフェッショナルなジャーナリストであれば、その現場では、
取材に徹する」ということ。
ジャーナリストの使命の一つは、世の中に真実を伝えることがあると思う。
ペンやカメラを投げ捨てて瓦礫に埋まっている人を助けることが「人道的に」望ましいことだというのは分かる。
でも、もしそこに仕事で来ていたとしたら、
取材や撮影をやめて、人道支援に向かってしまうことは、
ジャーナリストとしての任務を放棄してしまうことでもある。
取材して文字や映像を通して世の中に伝えることで、
その場を実際に見ていない人の心をも動かすことができる。
次の行動につなげることができる。
それがジャーナリストの「伝える」という仕事の醍醐味の一つなのではないだろうか。
今、自分は国際平和協力という人道支援にも関わる分野に携わっており、
一方で、これまでにジャーナリズムの仕事もかじったことがあるわけで、
実際にそういった究極の現場に立ち会ったとき、
自分は直感的にどちらの人間なのだろうかと疑問に思うことがある。
おそらく、その時に与えられた自分の役割とか任務に忠実に
仕事を遂行するのだろうけど、もしかしたらどこかジレンマを
感じるかもしれない。
それは分からない。
ただ、自分なりに今、答えが出ているのは、
自分が仕事を通して携わる使命に忠実であるのだろうということ。
もしジャーナリストだったら、
報道を優先し人道支援を放棄することで、それが人の命を失うことにつながるかも
しれないとしても・・・。
もし国際平和協力の仕事だったら、
たとえ報道することが中長期的により多くの人の命を救い、現地の平和につながることになるとしても・・・。
おそらく正解はないのかもしれない。
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